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西山水木の鶏頭と蠍尾

10/6 青山のカルチャーな…嵐の夜。

友人の個展を見に行く。 …わからない。この情熱の行き着く先が… そんな事どうでもいい! 私の心配を凌駕する作品たちだった。 昔、「詩なんて自意識だよね」と言う劇作家氏の感想に食って掛かったアマチュアの詩人がいた。 劇作家氏は、詩全体の評論をしたのではない。しかも、詩人を自称する彼女に対して否定的な評論をしたのでもない。 すべての人が書く事ができる詩、に対してそういう評論をしたのだ。 友人の個展を見ながら、表現が自意識でどこが悪い、と思った。 その自意識が、表現として洗練されているかどうかなんだ。 雨の中、MANDARAに「ZABADAK with RIVENDELL」を、聞きに行く。 本物と、ニセモノを見分けるのは簡単だ! 簡単なんだ。 自分が本物なら!!! 簡単なんだ。 でも、ニセモノは懐かしい。駄目になったときの自分のように。 もう、二セモノに、振り回される事のないように、ニセモノの眼鏡はきっぱり捨てて、 この、本物の、音楽に、いつまでも、耳を傾けていたいと思った。

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コメントコメント


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ある意味自意識を好きになるのがファンなのかも、と思います。
私は組織人ですが、組織人であっても自意識をもって仕事を構築することは可能です。ものすごく壁はありますけど、それらはことごとく抵抗しぶち破ってきた気がします。それは自分がやっている仕事が好きだからできることなのか、とも思います。
そして私も同じ日に本物の音楽を聴いた一人として、勝手にanのnさんの日記に同調したくなってしまいました。

ウォーゼル | URL | 2006/10/17 (Tue) 20:53 [編集]


貴重なコメントありがとうございます。
「自意識」と言われて、怖れる時代は過ぎました。私の「自意識」は「普遍」なんだと信じる事が創作の骨頂かな、と。
そんな、本物の小峰公子氏の詩であったし、
ZABADAKの音楽でした。
何よりも、吉良さん公子さんに寄り添うRIVENDELLのおふたりの、誇らしげな横顔が、美しかった…!!

Anのn | URL | 2006/10/18 (Wed) 08:48 [編集]


 
 

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