FC2ブログ
 

西山水木の鶏頭と蠍尾

La compagnie An の考える 「デラシネ(deracination)」

一般的な意味はderacination 【名】 (祖国・故郷などからの)引き離し、孤立 ってことですが。 演劇的な「自由」を獲得するために、「ナショナリティー」などを含む「アイデンティティー」から自分を引き離すことを言います。 それから前述のself-dependence 【名】 自己依存、独立、self-reliance=自力本願、自立、自信 えーーと、上記の「自己依存」についてですが、Anの、西山は祖父方の本家がお寺さんだったので、しばしば、仏教用語まがいの言葉を使います。仏教者としての造詣は全く深くないです。全く。でも、その智慧を都合よく拝借したいと思います。 本来の意味はこんなかな?突っ込みお願いします。 本願成就(キリスト教で、自己責任と近いのかな?たとえばいい芝居が作りたい!とか)で、自力は、自己の力に委ねること。他力とは、仏の力に任せること。自信とは、自力を信じること。しかし、他力を信じる力は自力あから生まれる。他力と自力って、反対語ではないので御用心。 他力ってなんか私にとっては批評家や、時代も含む「観客」って感じ。 自力本願と私が言ったからって、「アラ、西山は仏教のセクトだわ」と思わないで。 サルトルさんっていう人がいて、 人間は「実存が本質に先立つ」「自由な存在」であるとし、自由は不安をもたらすが、不安を克服し自己責任で実存を生き抜くことを説いたんですね。 言葉は難しいけど、この理屈は演劇に置き換えると簡単です。 勝手にここ(稽古場)使ってください、の、時間。 暗くしてみました。勝手にやっててください。ただちょっと暗くするだけだから。

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 
 

トラックバックトラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)