こどもが初めて経験する感情に、おとなが寄り添って名前を付ける。みたいな仕事

いい天気です。風が気持ちいい朝。東京の夏っぽい。

加藤健一事務所 「If I Were You~こっちの身にもなってよ!~」のご案内しつこいですがご容赦ください。

台本を、夜暗記して朝検証する。それでも抜けたり。いちばん多いのは勘違いで理解してる箇所があって情けない。…コストパフォーマンス悪いけど、出来ることコツコツやるしかない。苦手だけど。

高瀬演出に手を引かれて、台本の台詞の間に閉じ込められたり、挟まって見えにくい感情の襞のところまで辿り着けそうな稽古の段階です。自分の持ってる想像力で感情を再現可能な楽譜に聞き書きするような稽古の時期。頼りになる私の実感を探します。

今朝は妙に「ヨーコちゃん」の事を思い出します。
母のいちばん下の妹のヨーコちゃんは叔母だけど、私にはずっと大きくならない妹のようでした。
ダウン症で生まれ、小児麻痺で左半身が不自由。
私のもうひとつの我が家であった祖母の家のお茶の間の奥で、終日座ってテレビを見ていました。

アトピーもあっていつも皮膚がガサガサしていたので、時々化粧品やお湯で拭いてあげると気持ち良さそうにしてました。高校生まで別居ではあったけど一緒に暮らしました。

思春期の頃、私の感情には名前がなかったように思います。「感情」というのは本やテレビや漫画の中にしか感じられず、私の心は一個の大きなモヤモヤしたものが形を変えたり濃淡になって移動しているような。自分がつまらない石ころのようでもあり、とんでもない怪物のようで恐ろしくもあり…。

ある日、ヨーコちゃんの顔を拭いていたら、K伯母が「きいちゃん(私の幼ニックネーム)は優しいね」と言ってくれた。私にはすごいショックでした。タオルを持ったまましばらく考えました。ヨーコちゃんの顔を拭きたいと思ったときいやその前かな後かな?グググッと何かが動く気がして。それを「優しさ」と呼ぶのかな?ドラマや何かで見る優しさとは随分違う感じ。

やがてヨーコちゃんは熊本の施設に行く事になりました。
何も知らずにいつものとぼけた表情で町の職員さんの車に乗るヨーコちゃん。

私は何か凶暴な衝動が起きて、職員さんの車のタイヤを蹴りました。
職員さんはしばらく私を見ていました。
私も見つかったので怖くなってじっとしていました。
職員さんは「ミズキちゃんも一緒に行かんね?」と私を車に誘います。
それで私は着の身着のまま遥か天草の施設まで送りに行く事になったのです。
職員さんには私の気持ちがわかったんですね。

あのタイヤを蹴った私の衝動、あの時私が私の気持ちに「悲しみ」と名付けて、泣いて別れを惜しんでいたらもっと私の心は平和だったと思うんです。おとなが、寄り添って、子どもが全く新しく経験する気持ちを理解する事。洗脳やコントロールではなく、その気持ちに芸術的な名前を付けてあげること。「悲しいのね?辛いね」「優しいのね?いい子ね」「悩んでるのね?苦しいね」…言葉でなくても。

そんな役割が演劇にもあると思うんです。

少なくとも少女の頃の私には必要な事でした。今でも感謝しています。もう演劇でしかご恩は返せないけど。

□■西山水木のヴォイスレッスン■□
by にしやまみずき   comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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