身体には限界があるけれど、心は無限だからその痛みも無限

IMG_5834シャルキイロマ公演の自分で書いた自業自得な膨大な科白に押しつぶされそう。覚えては関係ないことをしたり考えたりして、しばらくしてから覚えてるか確認する。で、忘れてるところをまた覚える。そんな作業。

で、その作業の中では、家族のこともあって「痛み」について考えてる。人の痛みなんかわからないと思うんだけど、医者は患者の訴える痛みにランクを付けられるそうだ。この神経の太さだったら最高の痛みはこのくらい、とか。うわ、考えてると痛くなって来る。

外科的な症状に当てはまるランク以上の痛みはその患者の心の(脳の?)痛みである場合があるそうだ。「身体のには限界があるけれど、心は無限だからその痛みも無限」という言葉にはっとする。

11年前の日記がある。腰肩首痛で七転八倒の苦しみの中で「ミレナ」という芝居をしたっけ。あの神経が身体の形に赤く光っているような痛さの実感は遠のいたけれど、今でも少しの予兆があの苦しみの再来じゃないかとビクビクして、それで健康管理できているところもある。あの時はすでに乳がんだったのだなあ、私は。それから五年後に見つかる程の大きさに育っていた。

昔のブログは恥ずかしいけど、備忘のためにここにコピペします。

ーーー
私は首と腰が痛い。
ひどい時は頭のテッペンから足の指までが痛みに共鳴して身動きが取れなくなる。数年前の舞台上の事故の鞭打ちとぎっくり腰が神経痛になったのです。天気の加減で、激痛に動けなくなってしまうこともあります。
目をつぶって痛みに耐えていると、不思議なことに気がつきました。
「体が在る」という実感です。「痛み」で私の心と頭と体はやっと会話する。私の肉眼では見ることの出来ない私の神経が、バンテリンのCFみたいに暗闇の中で紅く光って、「私の形」を教えてくれます。
これは痛みを知らない人には絶対わからない感覚。

今日は作家の斎藤憐さんに休憩ご飯をご馳走してもらった。フランスから帰って致命的な金欠病になった私を、気遣っていただいているのだ。憐さん、ご馳走様でした。よく考えたら、久しぶりのレストランでの食事。おなかいっぱいで後半眠くもなりましたが、体が喜んで、
いろんなアイデアも浮かんで、少し自由に動いてきた気がしました。

ユダヤ人虐殺の残酷なエピソードは枚挙に暇ありませんが、人の脂肪で作った石鹸のことを知ってから、私はすっかり人間というものが信用できなくなって、落ち込みました。
性善説の上に成り立っているコミュニズムの考え方を、あの収容所という環境の中で貫いた、女囚①という私の役にとてつもない距離を感じました。
感じたから。…やっと、私の役と対等に話ができました。私は必ず、やる役と、作家も演出家も共演者も知らない内緒の話をします。
私の今回の役は「女囚①」という、強制収容所の中でスターリンを信奉するドイツ共産党員の役。
頭のいい彼女は、簡潔に、私にも判りやすく答えてくれました。
やっと腑に落ちた。
中学で読んだ「アンネの日記」の中の「本当はみんないい人」という言葉が蘇ります。
だから、最後の②との話になるんだなあ、とやっと腑に落ちました。今までにない大きさで「希望」という言葉が、体に入りました。
最後のシーンで、①が、それを学んだことを私も経験したいっ!

多分煙突の煙になった数字のひとつ、
だから「女囚①」でいいんだ、小さな赤旗でしか書けなかった名前。
せめて明日の稽古は、信さんが命名してくれた「ヒルデ」という名前の形に赤旗を振ろうと思います。

よくわかんない方、「ミレナ」を見に来てください。

2002・9・19
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シャルキイロマのチケットはこちらから
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□■西山水木のヴォイスレッスン■□
by にしやまみずき   comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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