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□■西山水木のヴォイスレッスン■□
by にしやまみずき    |   |  page top ↑

人間が日常を生きる仮面の一番下に持っている顔はミラーであるとルコックは言った

私たちの出発ラ・カンパニー・アンのフランスでの最初の公演は、アヴィニヨン演劇祭のカフェのテーブルに座って休むお客さんに向かって小さな音をCDデッキから流しながら。

「女性として生まれた私」と「私自身」との関係や、「平和を生きている日本人としての私」と引き裂かれる「アジア人としての私」をダンスにして公演した。演技は明樹由佳、私は音響声かけ効果係。2、3人の観客に向かって「公演」した。

面白いことに、この小さな公演をさらにたくさんの観客が取り囲んで見ているという不思議な光景が現れた。そしてその中にたくさんの出会いがあった。これほど強い絆をフランスや韓国の友人達と出会い、結べたのはこの出発に根ざしている。

そこから大きく大きく広がっていったアンの表現。

今、充電子育て等と称して少しお休みをいただき、また次なる計画の準備が始まっている。

で、この夏、フランスの友人が亡くなって、私はすっかり考えてしまった。
彼は、ずっとずっとアンの公演を見たがってくれていた。私たちを待っていた。彼だけのために公演をしてもよかったんだ。そうして至近の等身の人たちに向かって表現するという私の方法があったではないか。

そして、社会って言うのは目の前にいる人の先にしか広がっていないんだ。
私の身近にいるひとりひとりの先にしか私の世界はない。

でも、自分の今の生活や家族そのものを表現にはできないな。
どうしても眼をそらしてしまう。光源が近くて正視できない。
でもこの感性で、他人事にはいきいきと感情移入できる自分を発見したのです。
これは職業病でしょうか?

例えば公子さんの日記の記事で
http://koko.asablo.jp/blog/2006/01/14/211219
は何度読んでも胸が迫って涙が溢れてきます。
不思議です。こういう文章を読む時、主体は私なんです。
今、心引き裂かれてモニターに向かって絶句しているのは私自身であるような気持ち。

人は自分に他を映してからしか自分を知ることができないというのがルコックシステムの教科書にあります。
人間の日常を生きる仮面の下にあるのはミラー。
空を見れば空を映す。海を見れば海を映す。あなたを見ればあなたを映す。そんな表現者に私もなりたい。

□■西山水木のヴォイスレッスン■□
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