ふっとした夏の気配のある今朝、起きてまた思い出すことがあった


ふっとした夏の気配のある今朝、起きてまた思い出すことがあった。

小学校高学年の時、子ども会で基山(きざん)にキャンプに行った。朝起きたら足に違和感。見ると足首が見えないくらいに腫れていた。付き添いの大人に見せたけど、虫に刺されたんじゃない?ムヒ塗って、くらいだった。

そのうちどんどん腫れて患部が広がると小さな動物らしい歯型が現れてきた。

「これはマムシじゃないか?」ということになった。「ばってんウチ、生きとるよ~」「マムシで死なんモンもおると」私はもうすぐ死ぬのかな?と思った。でも誰も具体的に助けてくれない。持ってきたムヒを自分で全チューブ塗った。

下山も普通に歩かされた。途中でどんどん腫れてきて靴が入らなくなって足の裏に靴を置いて紐で結んで友達に励まされて下山した。

うちに帰るともう腿から足全体が腫れていて足の裏も腫れて丸長い状態になってる。

祖母がびっくりして妹の乳母車に私を乗せて病院に連れて行った。

ここでも待合室のおじさんとか「こりゃマムシたい~」とか言う…。結局わからずじまい。歯型は腫れに合わせて猫の口くらいになってた。

氷で冷やしてずっと寝ていた。あれは一体何だったんだろうな~。

乳母車は恥ずかしかったなあ…。

□■西山水木のヴォイスレッスン■□
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産んだ人も産まない人も全て、全ての人の母。


ピンポーンと届いたフランスのお茶!私の好みを知り尽くしている。産んでいない「娘」と「婿」と「孫」からだ!母の日の「母」の仲間にしてくれてありがとう。

ありがとう。

絶対傷つけないように美しい包みを解きながら、人は全て、全ての人の母になるべきじゃなかろうかと変な妄想がまた湧いてくる。母になって、幼子を人の世の中で育てるために。

なんどもなんども老若男女の全ての娘や息子たちにあの言葉を唱えるべきじゃなかろうか?

この今の間違った流れを止めるのは、三歳までに母親の文体で聞かされた、人になるための基礎の言葉…反問を許さない、人として生きるための、命そのもののような言葉を言い聞かせるしかないんじゃないかなと最近何度も思う。

「命を大切にしなさい」
「仲良くしなさい」
「平等に分けなさい」

産んだ人も産まない人も全て、全ての人の母。そんな思いが包みから部屋いっぱいに広がった。

コラージュした写真のマゴは、少し前までは確かにいなかった。命の不思議が笑いかけてる。狂おしいほど愛おしい。

生まれてきてくれてありがとう。

そして、私にそんな思いの実践の場を与え鍛えてくれた、血の繋がった娘にも大きな感謝の気持ちが湧いてきた。

母親にしてくれてありがとう…。

おっかあはもっともっとはたらくよ!お役に立つよ!


□■西山水木のヴォイスレッスン■□
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